« 連日の猛暑で我慢できないときにみる涼しい映像&音楽クリップ | トップページ | 2011.10.2_北見市役所解体直前_内部見学 »

2011年8月 5日 (金曜日)

3.11 あの日から 宮城・気仙沼の夏「水くみの少年」(2011.7.31北海道新聞朝刊)

 水の入った特大ペットボトル2本を両手に持ち、がれきの中を歩く少年。下を向き、口を固く結んでいる。

 

心は折れない

 震災から3日後の3月14日の北海道新聞夕刊に載った1枚の写真。付いた見出しは「心は折れない」。共同通信の写真記者がその日、宮城県気仙沼市内で撮影し、国内外の新聞や雑誌に掲載された。
 札幌市内の男性は何度見ても涙が止まらず、メールで北海道新聞に感想を寄せた。「絶望的な状況の中でも明日のため、一生懸命、水を運ぶ子供の表情がたまりません」
 夏休み前最後の週末となった今月23日。少年は野球の練習から気仙沼市鹿折(ししおり)地区の仮設住宅に戻ると、汚れた練習着を風呂場のたらいで洗い始めた。
 鹿折小5年松本魁翔(かいと)君(10)。写真の硬い表情は消え、笑顔がよく似合う普通の少年がそこにいた。「震災前なら脱いでほったらかしだったんですが」。母親のいつかさん(32)は頼もしそうに言った。
 松本家は魁翔君の曽祖父母、祖父母、いつかさん、姉の麗華さん(12)ら15人の大家族。鹿折地区の自宅で菓子店やクリーニング店を営んでいた。
 自宅は津波で流されたが、家族は全員無事だった。写真が撮影された14日は、近くの親戚宅に身を寄せてから3日目。断水だったため、祖父安男さん(60)が近くの井戸へ水をくみに行くようになり、魁翔君が「俺も行く」と言いだした。

 

けがも隠して

 水くみは早朝6時と昼、夕方の少なくとも1日3回。井戸は10分ほど坂道を上った高台にあった。手動ポンプを50回ほど上下させても、水はちょろちょろと流れるだけ。3分かけてやっと4リットルの特大ペットボトル1本がいっぱいになった。
 「運んでも運んでも水はすぐなくなって…。重かった」。魁翔君は、こう振り返る。
 魁翔君は4月末の学校の授業再開まで1カ月半、休まずに水くみを続けた。がれきのくぎが足に刺さり、けがをしたこともある。でも、家族には内緒にした。「やるなって言われたくなかったから」
 親戚に借りた女性用のピンク色の長靴は、破れて使えなくなった。「水くみを続けたのは、自分にできるのがそれだけだったから」と魁翔君。「写真を撮られたとき、働いていて良かった」と、照れながら付け加えた。
 魁翔君が避難生活中、一度だけ涙を見せたことがある。息苦しい生活が続き、いつかさんが安男さんとささいな事で親子げんかをしたときだった。「俺だって頑張ってんだ。ママはなんなんだ。我慢しろ」。魁翔君は涙ながらに怒鳴った。
 「小さくても男なんだって。家族を守ろうとしているように見えました」。写真の魁翔君も、いつかさんが初めて見る表情だった。

 

宝物は「家族」

 魁翔君の担任教師から震災当日の様子を聞いたときも驚いた。配給された1個のおにぎりを「ママのためにとっておく」と食べようとしなかったという。
 魁翔君といつかさん、麗華さんは6月に仮設住宅に入り、他の家族と別れて暮らすことになった。いつかさんが休日に「どこかへ遊びに行く?」と誘うと、魁翔君は安男さんらがいるアパートに行くと言う。
 「一番の宝物」を聞くと、「家族」と答えが返ってきた。
 「一回りも二回りも大きくなった。将来、どんな壁にぶつかっても、この写真のときを思い出してほしい。きっと乗り越えられる」。いつかさんは、写真が掲載された新聞を大切にしまってある。
     ◇
 東日本大震災から4カ月余り。気仙沼は盛夏を迎えている。30日現在の死者は996人、行方不明者は417人。明日への決意、癒えない悲しみ…。さまざまな思いが交錯する気仙沼を訪ねた。(2011.7.31北海道新聞朝刊)

写真上:3月14日の北海道新聞夕刊に載った魁翔君の写真。「おねえちゃん、頑張ってるねぇ」と言われるたび、「俺、男です」と答えていたという。
写真下:母親のいつかさんに頭をなでられる松本魁翔君。いつかさんには急に頼もしい存在になった。

20110805

北海道新聞朝刊コラム■卓上四季「子供の写真」(6月2日)
「心は折れない」
http://purplecoelacanth.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-f49c.html

|

« 連日の猛暑で我慢できないときにみる涼しい映像&音楽クリップ | トップページ | 2011.10.2_北見市役所解体直前_内部見学 »

新聞・ニュース記事・動画」カテゴリの記事