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2011年3月 8日 (火曜日)

映画『海炭市叙景』を観た。破滅と再生の物語。久しぶりにみるヘビー級の邦画だった。

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 劇場で映画を観るのは数年ぶりだからよけいに新鮮だった。映画のクオリティは俳優の知名度で決まらないのではないか。製作費でも決まらないだろう。「映画」というからには(やはり)フィルムを使ってほしいが、「露光」「ロケーション」「演出」「編集」、この4つですべてが決まると断定するのは言い過ぎか。いいじゃん、素人なんだから。とにかく、同じカットをつなぎ変えただけで別の作品にすることだってできるのだから。
 
 北見市シアターボイス。パラボ6階。とても小さな映画館で、「金をかけたホームシアター」といった佇まい。すぐ隣で絵画のギャラリーが催されていたせいか、イスとテーブルを動かす音が漏れ聞こえたりして……ん? ということは、JBLのPAから流れるこちら側の音も向こうにダダ漏れ? でもいいんだよね。これがいいんだよ。田舎の映画館。公開四日目、10:30初回上映、観客は僕を含めて5人。カップルなし。池袋にあった文芸座より質素にして厳かだ。僕は映画に「サラウンド」や「3D」を求めておらず、そればかりかときに「カラー(色情報)」さえウットーしい僕なので、こういった空間のシートに体を埋めているとホッとする。特に上映直前の「暗転」がたまらない。たとえば学校の文化祭。出し物の大道具が壁に立て掛けられた体育館ウラの非日常空間性は暗闇に負う部分が大きい。その年僕たちは「演劇」でエントリーしていた。生まれて初めて書いた脚本は「カツオの逆襲」といって、思い出しただけで胃液が逆流しそうな酷い劇だった。壮絶な親子げんかの末に家を飛び出し、ある銀行を単独で襲撃したカツオが逃亡先で捜査機関に身柄を確保され、短冊状に切った大量の新聞紙を天井いっぱいにぶちまけて絶叫するシュールな演出に僕は得意の絶頂だったが、採光窓のカーテンが開かれ外光が射し込めば、汚い切り口の新聞紙が外れ馬券のように散らばったいつもの舞台の凡庸な姿があらわになり、大いに落胆したものだった。この場所にもっとも相応しいのは朝礼の校長であることを僕たちは再確認した。文化祭といわず、自分の部屋でも手軽に「非日常」を味わおうと完全遮光カーテンを下げて生活していたこともあったが、テーブルの角に左足の小指を痛打してから、明るいものに取り換えた。非日常は足許に気をつけなければならない。「胎内回帰〜映画館は出るため入るのか、それとも入るから出るのか」。以前バカな文章を書いたことを思い出した。
 さて、作家・佐藤泰志が故郷の函館市をモデルに空想した海炭市。そこでいきる人間たちを描いた連作短篇にして未完の遺作『海炭市叙景』。映画は18本の短篇から5本を抜き出し、さらに映画化にあたり縦・横の糸でしっかり編み込んだ、中だるみしない巧みな構成で一気に魅せる152分。人間は独りで生まれ、独りで死ぬと思っている僕にとってまさに「ビンゴ」な作品だった。この言葉にピンときた貴方にぜひお奨めしたい。
 人物はセリフで心境を説明しないし、サービスカットもなく、オチもない作品を見ていて、おもわず北野武監督を連想した。だが北野監督は暴力と笑いの表裏で“リアル”を演出するが、熊切監督の『海炭市〜』には笑いの要素がいっさいない。その意味ではまるで救いのない映画ともいえる。それでも僕が作品に引き込まれるのは、そこで地に這いつくばるよう生きる人間の点景にピントを合わせつつ、ひたすら海炭市の叙景を切り取るカメラの魔力ではないか。
 ラストで、膝に抱えたネコをトキ婆さんが優しく撫でて映画は終わる。トキ婆さんは、地域開発のため立ち退きを迫られた小さな家でネコと暮らしていた。「来年も再来年もここにいる」と決意する婆さん。ところがある日、婆さんの飼っていたネコが姿を消してしまった——。トキ婆さんの許に、本当にネコが戻ってきたのだろうか。いや、そんなことはどうだっていいんだ。作家が答えを用意する問題ではない。観た者の心に広がったものこそが答えに違いない。
 海炭市に傷ついた人々が、まるで磁場に引き寄せられるようにして、『あの場所に戻るのだ。』そして、彼らは静かに今日の陽が昇るのをまっていた。
 映画に先立ち小説を読んでいたが、20年前の原作とは思えない輝きを放っている。どんなに世の中が変わっても人間の生き方には普遍性がある。ひとりの人間の内面の空白を空白としたまま形式主義に走るのは、不誠実のような気がして、僕は嫌いだ。

 市民映画『海炭市叙景』。破滅と再生、そして希望の物語。久しぶりにみるヘビー級の邦画だった。熊切和嘉監督、全出演者・スタッフのみなさん、おめでとう。一生モノの映画がまた1本増えた。ありがとう。

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チラシ表。

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チラシ裏

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情報量が豊富なパンフレットは700円。

『海炭市叙景』公式サイト
http://www.kaitanshi.com/
シアターボイス
http://www.cinema-kitami.com/

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