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2011年2月28日 (月曜日)

『NHKハイビジョン特集・生き抜く 小野田寛郎』〜ビデオテープをDVDにダビングする作業に追われている。

『いかりや長介さん 一周忌特番/甦る、ザ・ドリフターズと森光子の大爆笑コント初蔵出しスペシャル』『NHKアーカイブス・1991年/マサヨばあちゃんの天地」』『NHKアーカイブス・1968年/ある人生「出かせぎのうた」』『歌伝説:ちあきなおみ・ふたたび』『小沢昭一/明治、大正、昭和、流行り唄のココロ』『知るを楽しむ/私のこだわり人物伝/松田優作〜アニキの呼び声』『NHKアーカイブス・奥羽山系マタギの世界』『NHKアーカイブス・日本動物記カッコウ』『NHKアーカイブス・夢であいましょう(幻の第1回放送)』『NHKアーカイブス・のぞみ5歳』『NHKアーカイブス・1984年トンボになりたかった少年』『NHKアーカイブス・現代の映像1967年 人か鳥か』『その時歴史が動いた/神々のうた/大地にふたたび〜アイヌ少女・知里幸恵の闘い〜』『NHKハイビジョン特集・E.YAZAWA 30年目のROOTS TOUR』『海を渡ったアイヌを求めて「よみがえれ民族の伝統」』『NHK特集・東京大空襲』『NHKハイビジョン特集・生き抜く/小野田寛郎』etc…
 ビデオテープをDVDにダビングする作業に追われている。コピーしてもコピーしてもまだ終わらない。
 いまとなってはビデオテープなどとても取り扱いの面倒なメディアだ。巻き戻しや頭出しが鈍く、おまけに保管するにも場所を取る。そこで手持ちのすべてのVTRをDVDにコンバートすることを思いついたのが三日前。それでも場所を占領していたテープの山が少しずつ低くなっていき、ようやく後ろの壁が見えるようになってきた。こうしてみると録画したまま忘れていた番組や懐かしいコマーシャルのなんと多いことか。そして受信料を払ってないくせにNHKばかり見てることにも気付いた。新発見だ。それにしても等倍速ダビングの時間がかかること。なんとももどかしい。

『NHKハイビジョン特集・生き抜く 小野田寛郎』
http://www.youtube.com/watch?v=jJdI7Vse5s0

「いままでいちばんつらかったことはなんですか?」
「戦友を亡くしたことです」
「うれしかったことはなんですか?」
「29年間、うれしかったことっていうのは、今日のいままでありません」

 戦友を亡くしたことを悔やむ小野田少尉の姿が印象に残った。
「交通戦争」「受験戦争」「就職戦争」、戦後も“さまざまな戦争”があって、それはいまも続いているのだが、どうもピンと来ない。やはり銃を向け合い、命のやり取りをするのが「戦争」ではないか。小野田さんが「戦友」の言葉を使うなら、僕にとってどんな立場の者がそれに当たるだろう。会社の同僚、スポーツのチームメイト、趣味の仲間……。だがそれらは「会社の同僚」であり「スポーツのチームメイト」、「ロックバンド」以外の何者でもない。命の切った張ったで修羅場をくぐり抜けた一蓮托生の同士、すなわち「戦友」ではないはずだ。
 辞書をひいてみた。
《同じ部隊に属し、戦闘や生活を共にする兵士。(広辞苑第六版)》
《戦争で生死を共にする友。軍隊生活における同僚。(株式会社岩波書店 岩波国語辞典第六版)》
《〔戦争で生死を共にする友の意〕 軍隊生活における同僚。(株式会社三省堂 新明解国語辞典)》
《〘名〙部隊を同じくし、戦地でともに戦った仲間。(明鏡国語辞典)》

 世間の人々が「ポジティブに生きよう!」なんてやっているのをみるにつけ、自分ひとりだけ関係のない塹壕にでも飛び込みたい気分になる。なんだか強迫観念にさいなまれているような響きさえ帯びた「ポジティブ」とは一体なんだ? そう生きなければ損だといわんばかり、「ポジティブ、ポジティブ!」と、うわ言のように繰り返すのがいる。ポジというからにはネガの裏返しでなければならない。現在の日本において、のうのうと暮らせるその背景には何があったのか。現在の平和とは何を土台としているのか。それなくして「ポジ」もへったくれもないもんだ。平和の根拠を示して欲しい。それくらい考える時間を持ってもいい。
 まるで舞台の書き割りのような社会において、金銭を担保とした即物的な幸福の追求。そこでは物欲に支配された人間たちが犇めき、憎しみ、奪い合い、殺し合い、いつか見た映画をなぞったような束の間の幸せを噛みしめて、たったひとつの合言葉「自由」が不意の爆風に溶けて風に消える。
「こんな連中とやってられない」
 そう思ったとき、小野田さんはブラジル移住を決意したのだろう。

『《メタル・インダストリア》では自分の家を構える概念がない。土地だの家だのと、もともとそんなものに値段なんかついちゃいないからさ。彼らは庭付きのバブルの泡の中に一切の夢をみない。ただ体力の続く限り快楽のみを求めてゲーム世界をさまよい続けている。それが彼らにとって快適だからだ。眠くなったり、腹が減ったら、データを保存してもうひとつの時間が流れる世界に帰還し寝食すればいい。血を流して今日を維持するのもすべて他人任せだ。種を蒔くのも収穫するのもすべて他人任せなんだ。だが飯を食わなければ人間は死んでしまう。身体性を否定した人間たちにとって、向こうの世界で必要なのはそれだけなんだ。食って寝る。彼らにとって向こうの世界はそれだけの意味しか持ってやしないのさ』
『でも僕は戦争なんか嫌だ。穏やかな生活を望んでなにがいけないんだ』
『虚構と現実、どちらが本当の自分かを問うより、より自分らしくいられる世界が現実となるのさ。それがどうだ。驚くべきことにこの街にはホームレスや捨て子までいるんだ。まるで向こうの世界をコピーしたようだ。俺は、いま自分が確かに生きていることの手応えが欲しいんだ。ところで……』
『……コトミンだ』
『コトミン。有力なプレーヤーはそのほとんどが企業と契約し、ロゴマークを頭上に掲げて移動するのを知っているだろう。ゲーム世界の広告塔として賃金を得られるシステムになっている。金融機関と直結したネット口座に相応の額が毎月入金される。東方の大きな町には行ったか。頭にブランド記号=看板をかざした者たちが町中に溢れている。いまや争いをやめた彼らは、この世界に存在する意味と目的を喪失したまま、行く先のない旅をさすらっているに等しい。企業に押し付けられた訳の分らぬブランドマークを社会に媒介するだけのミツバチのようなものだ。所有する《モノ》に自分を語らせ、己が高級な何かになったと幻想を生きている。コトミン。ここは理想郷なんかじゃありゃしないんだ——』
(社会の病巣を見つめ続けるばかりでなく激しくエグりもする、河野哲也の衝撃の問題作『おやすみコトミン』より)

小野田寛郎/Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/小野田寛郎

NHK番組公開ライブラリーリスト
http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-tokushu/library/index.html
「文芸北見」第41号発売。僕も「おやすみコトミン」を書きましたんで、よろしく♪(o ̄∇ ̄)/
http://purplecoelacanth.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/o-dcc5.html

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