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2010年9月25日 (土曜日)

伝説の作家守った小さな町 故サリンジャー氏 晩年過ごした米国・コーニッシュ

 「ライ麦畑でつかまえて」で世界的な名声を博した後、米東部の田舎町に身を隠したまま1月に91歳で死去した米作家J・D・サリンジャー氏。どのような暮らしぶりで、最期の時を迎えたのか。半世紀にわたって暮らしたニューハンプシャー州コーニッシュで「伝説の作家」の晩年を追った。

質素な生活
 「物静かで自分を飾らない人だった」。コーニッシュで雑貨店を営むマイク・アッカーマンさん(43)がサリンジャー氏と初めて出会ったのは、郵便配達人をしていた約15年前のことだった。
 郵便物を届けに行くと作家が窓から顔をのぞかせた。「こんにちは。サリンジャーさん」と声を掛けると「いつもありがとう」。その後、顔を合わせるたびに話をするように。「礼儀正しいだけでなく、心の温かい人だと感じた」
 コーニッシュはバーモント州に近い人口約1700人の小さな町。作家は1953年ごろにニューヨークから移り住み、以後、町を出ることはほとんどなかった。
 暮らしぶりは質素で、外食をするときも地元だった。車で15分ぐらいのバーモント州ウィンザーにある簡易食堂がお気に入り。ハンバーガーセットが約6ドル(約500円)の典型的な田舎町の食堂だ。
 「彼は週2回ぐらい必ず朝9時から10時の間に朝食を取りに来たわね。来ると必ずこの席に座った」と従業員のジェイミー・オッキントンさん(32)。ほかの客と話をすることはほとんどなかったが、いつも温かく迎えられていたという。

奉仕活動も
 ニューヨーク出身のサリンジャー氏は、地域社会に溶け込もうとボランティアや地域活動に積極的だった。60、70年代にはボーイスカウトの隊長をしていたことも。夫人も多くのボランティアにかかわっていた。
 ハートランド第1組合教会のルシア・ジャクソン牧師は「サリンジャーさんは厭世的な人でも世捨て人でもなかった」という。夫妻は教会で毎週土曜夜に行われる夕食会の常連で、作家は特にローストビーフが好きだった。「いつも最前列にいて、ほかの信者との会話を楽しんでいた。給仕をする少年らへのチップも多めでした」
 「町の人たちはジェリー(サリンジャー氏)と家族を守った」と話すのは額縁商デービッド・パットナムさん(59)。20年ほど前に作家が小さな額縁の仕事を頼みに来たのを覚えている。「物静かな人で、名乗られるまで彼と分らなかった」
 ニューイングランド北部には他人のプライバシーを尊重する伝統があり、サリンジャー氏がそれを知って移り住んできたのだろうと、パットナムさんは言う。アッカーマンさんも「ジェリーはいつも感謝の念を示してくれた。ボランティアも地域社会へのお礼のつもりだったのだろう」。
 実際、小さな町は秘密を守り続けた。サリンジャー氏が通った、プレインフィールドにある図書館のナンシー・ノーウオーク司書は、作家が図書館に来ても「ほかの人がいれば名前を呼ばないように気を付けていた」と話す。
 作家の死が報じられると、町には北米各地からメディアが押しかけた。夫人はすぐに姿を隠し、約1カ月後に戻ってきて知り合いにお礼を言って回ったという。
 町では作家の自宅の場所は今なお秘密だ。町の中心部から山道を走ること約30分。ようやく探し当てた家は高原の別荘のようで、森の中に修繕の音を響かせていた。
 (コーニッシュ共同)

「ライ麦畑」続編は? 未発表原稿 注目集まる
 世界中で読みつがれている青春小説「ライ麦畑でつかまえて」の続編はあるのか——。サリンジャー氏が書き残したとみられる未発表原稿に注目が集まっている。遺族は沈黙を守っているが、“伝説の作家”の遺作は「ベストセラー間違いなし」(米メディア)だけに、発表されれば大きな話題になりそうだ。
 「毎日朝6時から正午まで書いています」「小説2冊分の草稿ができあがりました」。今年3月にニューヨークの美術館モルガン・ライブラリーが公表したサリンジャー氏の未公開書簡は、関係者を驚かせた。同氏が執筆を続けているとの証言はあったが、作家本人が認めたものは事実上、初めてだったからだ。
 未発表原稿については「15か16の作品が完成している」と本人から聞いたという隣人の証言や、きちんと分類された原稿を見たとの娘の話などがあり、かなりの分量の原稿が保管されているのは確実とみられる。
 寡作で知られるサリンジャー氏は1965年の「ハプワース16、一九二四」以降、新作を発表していない。出版界が期待するのは絶大な人気を誇る「ライ麦畑」の続編だが、実際には作家自身がこだわった、グラース家の7人きょうだいの生き方を描いた連作の一部の可能性が高い。
 関係者の間には「じっくり書き込まれた素晴らしい作品に違いない」との意見もある一方、サリンジャー氏の後期の作品には難解で哲学的な内容のものが多く、未発表原稿にそれほど期待はできないとの見方もある。
 (コーニッシュ共同)

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北海道新聞2010年9月8日夕刊

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サリンジャー氏が通った簡易食堂。左側の女性が座っている席にいつも腰掛けた(共同)

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コーニッシュの森の中にひっそりとたたずむサリンジャー氏の自宅(共同)

攻殻機動隊×サリンジャー×アオイ×トグサ
http://purplecoelacanth.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-7e20.html

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