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2010年9月24日 (金曜日)

☆★☆★☆帯広が生んだ生ける真珠、石崎琴美の愛と美の世界「頑張れ!五輪選手〜かちまい資料館」石崎琴美 カーリング(チーム青森)☆★☆★☆

 先日、チーム青森の練習を見学するため帯広市のカーリング場「カールプレックス おびひろ カーリングホール」に行ってきた。

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 結論として、というかいきなり結論を言うのもなんだが、石崎、山浦、近江谷、青田の各選手は元気にトレーニングに励んでいた。しかし当人たちの写真が一枚もなく、後日「本当に行ったのか」と批難をあびることになったが、写してないのだから仕方がない。「カナダ遠征をしっかり戦ってきてほしい」と、その一言を選手たちに伝言するのが主な目的だったので、写真もなければサインもない。ただ、両のてのひらに熱い握手を交わした石崎琴美のぬくもりだけが残っている。それだけで満足だ。彼女は飾らず気さくでオープンな人柄だった。私はまるで、北太平洋の穏やかな午後の波をたゆたう一匹のラッコのまなこで彼女を見返すのが精いっぱいだった。
 ところで、ホールのロビーで大変貴重なものを発見してしまった。選手の写真がない代わりに、今回はそれを全世界のイシザキストのために公開しようと思う。今年2月の十勝毎日新聞紙面の石崎特集がそれだ。
 この新聞記事をきっかけに、私は原点に返ろうと思う。私の原点とは、まずカーリングファンではなく石崎琴美ファンであるということ。これからは彼女と彼女を遠隔地から想う私の関係性の中で見つけた日常の機微を見つめながら生きていく。それが原点に還るということであり、「石崎は俺だけのものだ」などといったバカな視点とは相違する。私とはカーリング競技の愛好者ではないのだから、彼女とはそれしか関わりようがないのだ。石崎琴美がカーリング選手だったがゆえに彼女を起点としてカーリングに興味を持ったのであり、もし石崎がラクロスの選手なら私はラクロス込みで彼女を応援していたに違いない。彼女がユニカールの選手なら私もユニカールを、トランポリンの選手なら私もトランポリンを、スポーツチャンバラの選手であっても、彼女とフニャ剣を交える夢を見ながらチャンバラを応援しただろう。そもそも「石崎ファン」の言葉がおかしい。私は石崎を熱っぽい眼差しで見つめているのではなく、願わくば彼女と同じ方向を目指して生きてゆきたい。だから私はファンではない。「ウオッチャー」もニュアンスが違う。ではなんだろう? そうだ、活動を「注視」するのだ。これからの私は、カーリング選手・石崎琴美の生き様を注視することで彼女とともに世界の高みを目指そうと、そう思う所存であります。というわけなので、ひとつよろしくお願いします。

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 帯広が生んだ生ける真珠、石崎琴美の愛と美の世界
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「頑張れ!五輪選手〜かちまい資料館」
 石崎琴美 カーリング(チーム青森)

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かつて十勝毎日新聞に掲載された石崎琴美関係の記事が全面を覆い尽くす超豪華な紙面。これは永久保存に値する。フロア型のコルクボードに貼られていたが、日焼けしないよう、角度を変えておいた。

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カーリングを始める前の石崎琴美がバレーボールに打ち込んでいたことは知っていた。だがユニフォーム姿をみるのは初めてだ。7番。おそらく日本で活動するすべてのバレー選手のなかで、もっともビューティーな7番が石崎に違いない。その意味では7番の1番だ。下はカーリングアジア大会に日本代表として出場した際の写真。

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19歳の石崎琴美選手。現在とはすこし様子が異なる。しかし寒いリンクの上で体温の低下を抑えるには、脂肪分を蓄えて防備するしかないのだ。とくに女性は冷え性が多いので、なおさらだ。

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五輪ソルトレーク大会。石崎選手はリザーブとして出場した。当時の女子代表チームを指揮していたのは東光舗道の社長さん。左のスイーパーは小野寺? 林? このふたりの違いがいまだにわからない。8年前の当時、私はカーリングに何の関心もなかった。常呂町はまだ北見市と合併する前だったが、隣町を震源に突如沸き起こったカーリングブームとはいえ、私の周辺では、地元ほどの熱気はなかったように思う。だから東洋の秘宝・石崎琴美がこのような形で関わっていたこともまるで知らない。

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河西建設女子チームは北見市を拠点とした。石崎選手によれば「北見市に住んでいたことはない」そうで、練習の時だけ北見市内の河西カーリングホールに来ていたそうだが……ん? ということは、帯広と北見を往復していたのか、どうして肝心なことを確かめなかったのだろう! ひじょうに悔やまれる。写真をさらに拡大したので、記事とともにドライアイになるほどお楽しみいただきたい。

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全十勝春季中体連
バレー女子で帯一V

1993年6月15日付
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全十勝中学校春季体育大会の各種競技が繰り広げられている。このうちサンドームおとふけで開催されたバレーボールでは、男子が帯八、女子は帯一が優勝した。
(写真:第二セット、札内東のアタックを佐々木②と石崎⑦がブロック 女子決勝、帯一−札内東)
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冬季アジア大会
日本が初代女王2003年2月8日付
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 スキップ青田しのぶがウイニングショットを決めた瞬間、4人は何度も体をぶつけ喜びあった。「アジアの1番高い所に立てた」(石崎琴美)と肩を組み、互いをねぎらった。
 4人の目標はトリノ五輪出場。岡崎は「通過点である大きな大会で勝てたことはいい経験。課題も見つかった」と話し、優勝を糧に日本選手権(25日・長野)、世界選手権(4月・カナダ)へと挑む。
(写真:【女子決勝・日本−韓国】5−5の同点で迎えた第9エンド、後攻の日本は攻めの一手。ハウスの方向を見定め岡崎ゆかりがショットを放った。右は石崎琴美。左は湊谷絵梨子)
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道ジュニアカーリング
東光舗道が3連覇

1998年11月26日付
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 カーリングの第6回北海道ジュニア大会(二十一−二十三日・網走管内常呂町)で、東光舗道レディースが女子の部3年連続3回目の優勝を果たし、世界大会にもつながる第7回JOCジュニアオリンピックカップ(来年一月十五日−十七日・長野県)へ出場を決めた。狙うは優勝、そして世界の大舞台だ。
 メンバーは青田しのぶ(21)、板谷房枝(20)、大内優子(21)、岡崎ゆかり(20)、石崎琴美(19)の5人。今回からスキップを務めた青田は「昨年までにないプレッシャーや不安はあったが、仲間を信頼して楽しくやれました」と、頂点の座を守ってほっとした表情。土屋充コーチも「試合運びが悪いところもあったが、それは経験。試合を重ねるごとに良くなった。予想以上にやってくれた」と健闘をたたえた。
 来月には、いよいよ全国大会。同チームは2年前に3位、昨年は4位と上位入賞を果たしており、今回も好成績が期待できそうだ。
(写真:北海道ジュニアで優勝し、全国出場を決めた東光舗道レディース。左が石崎琴美)
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ソルトレーク五輪
日本女子、予選5連敗

2002年2月16日付
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 7−7で迎えたエキストラエンド。土岐達監督(帯広・東光舗道社長)の横の席で、リザーブの石崎琴美(北見・河西建設、東光舗道−帯南商高出)は指を組み折るようにサークルの中を見詰めていた。しかし、中央にぽつりと残った日本のストーンは、スウェーデンのスキップ、エリザベット・グスタフソンによっていとも簡単に退けられた。
 今大会には網走管内常呂町のチーム「シムソンズ」のメンバーがそのまま正選手として出場し、石崎はサポート役に徹している。
 ストーンに触る機会はないが「自分のチームでやりたかったから」と、出場にはこだわっていない。むしろ将来に気持ちは向いている。石崎が日本に持ち帰る知識や経験は、4年後も生かされるはずだ。
(写真:土岐達監督−ベンチ右、帯広・東光舗道社長−の横の席で試合を見詰めるリザーブの石崎琴美)
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日本カーリング選手権
河西建設女子が初優勝 2000年2月28日付
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 第十七回日本カーリング選手権大会(日本カーリング協会主催)の決勝トーナメントが二十七日、長野県軽井沢町のスカップ軽井沢で行われ、帯広の東光舗道から三人が参加している河西建設女子(北見)が女子決勝で全日本を6−4で下し、悲願の初優勝を遂げた。
 同チーム選手五人のうちスキップ(主将)の岡崎ゆかり、セカンド青田しのぶ、リザーブ石崎琴美の三選手が、河西建設の関連企業の東光舗道メンバー。二十七日午前の決勝トーナメント準決勝でMaplies(神奈川県)を5−3で下し、同日午後からの決勝で全日本(網走管内常呂町)と対戦。河西建設女子は5エンドで逆転後、8エンドで3点を加点して試合を決めて全日本の連覇を阻み、全国一の座に輝いた。
(写真:悲願の初Vを達成した河西建設女子−左から藤原、青田、岡崎、湊谷、石崎選手)
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いしざき・ことみ
1979年、旭川市出身。帯広栄小、帯一中、帯南商高出。
(2010年2月13日十勝毎日新聞紙面より)
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WEB TOKACHI-十勝毎日新聞
http://www.tokachi.co.jp/
Curlplex OBIHIRO
http://cp-obihiro.com/default.aspx

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練習見学を終了した直後のホール近景。

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