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2006年12月22日 (金曜日)

倖田來未ちゃん。ニャハ。

 おかしいぞ? 
 おちんちんの周りがかゆいぞ?
 もしかして糖尿病?

 冗談じゃねぇ! 来年あたり、日本文壇に旋風を巻き起こす可能性のある異端児で風雲児のおれが、そんなオッサン臭い病気に罹ってたまるか! きっと空気が乾燥しているからだな。
 ところで流行ってんの? 倖田來未
 倖田來未には秘密がたくさんありそうだぞ。例えばこうだ。小学生の頃の倖田らしいが、俺はこの顔をどっかで見た事がある。そうだ、思い出した。商店街の八百屋のおばさんだ。ところがだ、商店街の八百屋のおばさんだったハズの倖田がこうになるんだよ。どうしてだ? ライダーみたいに変身したからか? 中学校の頃はまだこうだぞ。それが、こうだ。
 倖田來未といえば、昨年の「レコード大賞」で乳輪でてたじゃないか。だから俺は、もうどんな写真を見ても驚かないんだ。
 よしワカッタ。倖田來未。もういい。
 それにしてもうるさいなぁ。ジングルベル。
 もうクリスマスか。この間やったばっかじゃねぇーか。もうクリスマスか。
「政教分離」と「信教の自由」を憲法で定める米国の「12月のジレンマ」だが、数年前、大手デパートのメーシーズで「クリスマス」の表現を取りやめたことから不買運動にまで発展したってのがあったっけ。そうした「ジレンマ」絡みの訴訟がかなりあるそうで、宗教問題に詳しいラザフォード研究所とかいうところのジョン・ホワイトヘッド所長とか言う人は、「ハヌカ(ユダヤ教の神殿清め祭)、クワンザ(黒人の収穫祭)は認められているのに、なぜクリスマスはいけないのか。逆差別されていた多数派(キリスト教)が怒り、振り子は逆方向に戻っている。このような不満に宗教右派の存在が火をつけた」とかナンとかいってるぞ。
 クリスマスを広辞苑で再確認する。

クリスマス【Christmas; Xmas】(Xは「キリスト」の意のギリシア語 Xristos の頭字。 mas は祭日の意) キリストの降誕祭。12月25日に行う。もと太陽の新生を祝う「冬至の祭」がキリスト教化されたもの。ギリシア正教会では1月6日。聖誕祭。降誕祭。ノエル。[広辞苑第五版]

 思うに「12月のジレンマ」なら日本にだってあるはずで、例えば季節柄「ジングルベル」が鳴り響く最中の12月23日に天皇誕生日を祝福したその一週間後には神社に初詣に行く人達は、三ヶ月前の彼岸には墓参して先祖供養をしていたりするが、「ロイヤルファミリー万歳」と「きよしこのよる」を両立させる我が国の広告代理店主導の消費文化の有様は一面でシゾイド人間を量産させているように思えなくもない。しかしその事が問題化されない国民性を陽的に考えるなら、そうした「ごった煮文化」が芸術分野等で独創的なものを再構築でき得る限りに於いて、必ずしもネガティヴな事象として解釈する必要はないのかも知れない。
 よしワカッタ。クリスマス。もういい。
 やっぱ倖田來未か。
 いいかい、こうこうだぞ。こうなんだぞ! いいのか、君たちは!! 
 これ、アイコラじゃないか……。
 まぁしかし、女は化粧で変わるんだな。
 俺はどんな美人より、心の優しい女が好きだ。
 ニャハ!
 よしワカッタ。倖田來未。もういい。
 いや〜、痛いなぁ。手のあかぎれ。
 炊事洗濯してると、手がひび割れてくるんだよ。
 だれか、良い栄養クリーム知らないか?

 さぁ、こまくが痛くなるほどヘヴィメタル聴いて焼酎のお湯割り飲んで、、、
 明日も泊まり勤務だ。。

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